正岡子規の俳句 秀句とその鑑賞
ねころんで書よむ人や春の草 写生の軽さがこの句のよさであって、それでいて、作者の強い思い が伝わってくる。下五の「春の草」は、季感を感じさせて充分であ る。 (高橋信之)
菜の花や小学校の昼げ時 校舎を囲んで菜の花が咲き、昼げ時の小学校は、校舎や運動場には 日があたたく差して眠気をさそうのどかさだ。明治時代の句ではあ るが、農村地帯では、今でもこのような外見の風景に出会うが、小 学校の内実はこのころとは随分と違っている。 (高橋正子)
島々に灯をともしけり春の海
昔知る水夫に逢ひぬ春の町
若鮎の二手になりて上りけり
夏川を二つ渡りて田神山 明治29年夏の作。子規の「松羅玉液」にか書かれている夏川十句 のうちの一句で前書に、「昔、帰省している頃の田舎の友を訪ひた る時のけしきを思ひ出し」とある。田舎の友は永田村(現松前町) に住む武市庫太のことで、永田村からは田神山(谷上山)がよく見 える。二つの川は、石手川、重信川のことであろうと思われるが、 涼しい川を二つ渡り、友の住むところに来て、田神山を親しく眺め たのであろう。田神山は標高456mの山で、苔むした参道を登る と山頂近くに宝珠寺という立派な寺がある。私が訪れたのは、門前 の海棠の花が雨に濡れているときであったが、ほどほど世俗から離 れ、どこか漱石の『草枕』の雰囲気を窺わせている感じであった。 また、この句は昭和58年に句碑となって、宝珠寺山門前広場に据 えられてた。 (高橋正子)
夏嵐机上の白紙飛び尽す
心よき青葉の風や旅姿
花木槿家ある限り機の音 木槿は秋の季語で花期は長い。松山では今盛んに咲いている。この 句は、松山市内の「かすり会館」の前庭に句碑となって、観光客が 写真を撮る場所の向かいの木隠れにある。伊予がすりを生んだ鍵谷 カナの生地は、石田波郷の生地と同じだが、当時機織が盛んであっ たので、どの家からも機織の音が聞こえた。木槿の垣根に花が咲い てしんと静まった道ながらに、トンカラ、トンカラ機の音が聞こえ るのもその頃の生活である。 (高橋正子)
北国の庇は長し天の川 「北国の庇は長し」は、取り立てて珍しい表現ではないが、「天の 川」との取り合わせで、「天の川」を描いて鮮明である。(高橋信之)
赤蜻蛉筑波に雲もなかりけり 筑波山の向こうから、東北が始まるといってもいいだろう。池袋の サンシャインシティホテルから関東平野を見渡すとそう思える。関 東平野の果てまで来ると、筑波の嶺には、一片の雲もなく晴れて、 明るい空を赤とんぼがすいすいと飛んでいる。澄んだ空気を感じさ せてくれ、鄙びた明るさのある句である。 (高橋正子)
夜更けて米とぐ音やきりぎりす その日の仕事をしまい終えた家人が夜更けに、明日朝炊く米をカシ ャカシャと磨いでいる。その音に交じってきりぎりすの声が間を置 いて聞こえる。秋の夜更けの静かさと質素な生活の様子が偲べる。 (高橋正子)
枝豆や三寸飛んで口に入る 中七の「三寸」が作者の思いのすべてと言ってもよい。子規の写生 に見る俳味がある。軽さもあってよい。一寸は、約3.03cmである。 (高橋信之)
行く我にとゞまる汝(なれ)に秋二つ 明治28年の作で、前書に「漱石に別る」とある。漱石が赴任した 愛媛県尋常中学校(松山中学校)、現在松山東高等学校に小ぶりの 句碑がある。この年従軍して大陸へ行き、帰途船中で喀血した子規 は、須磨で3ヶ月ほど療養したあと、八月に松山に帰り、四月に松 山に赴任してきていた漱石の下宿にころがり込んだ。子規はこのと きに、松山の俳句仲間を集めて句を作り、漱石も加わることとなっ た。五十日ほど松山で過ごした子規は、10月19日に上京するが 、そのときに、漱石にこの句を与えたのである。行く我は子規自身 。とゞまる汝は漱石である。子規はふるさとを離れ、漱石は子規の ふるさとに留まるが、ともに二人二様のそれぞれ秋を過ごすことに なるだろうというお互いの身を思う友情の句である。「秋二つ」に 子規らしい明るさがある。 (高橋正子)
をとゝひの糸瓜の水も取らざりき 子規絶筆三句の中の一句。他の二句は <糸瓜咲て痰のつまりし仏かな> <痰一斗糸瓜の水も間に合はず> であり、子規の生涯を思い、心うたれる。芭蕉最後の吟として有名 な<旅に病で夢は枯野をかけ回る>は、旅をすみかとした詩人の生 涯の象徴として意味を持つが、それと同じであろうと思う。 (高橋信之)
鶏頭の十四五本もありぬべし
ある僧の月も待たずに帰りけり
柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺
朝霧の中に九段のともし哉
鶏頭を切るにものうし初時雨 子規に鶏頭の句が多いが、鴎外がその種持ち来た鶏頭という。「鶏 頭の十四五本もありぬべし」もその中の一句であり、庭先の鶏頭は 、病床の子規を慰めたものと思う。この句を、子規の写生句の多く と比べ、レベルの高いものとは言えないが、病床の子規の思いが読 み手に素直に伝わってくる。それがいい。 (高橋信之)
病室の暖炉のそばや福寿草 「福寿草」を見る子規の眼は、健康で、その内面は、暖かい。長患 いの床に就き、若くして世を去ったが、子規の精神は、強く健康で あった。 (高橋信之)
病床の匂袋や浅き春
雪残る頂き一つ国境 あすの月きのふの月の中にけふ 雲の峰水なき川を渡りけり 世の中に馴れぬごまめの形かな 鶏頭の黒きにそゝぐ時雨かな 五月雨や上野の山も見飽きたり 梅のさく門は茶屋なりよきやすみ 夕立やはちすを笠にかぶり行く 小娘の團扇つかふや青すだれ 木をつみて夜の明やすき小窓かな 朝霧の中に九段のともし哉 けさりんと体のしまりや秋の立つ 親鳥のぬくめ心地や玉子酒 白梅にうすもの着せん煤拂 何もかもすみて巨燵に年暮るる のどかさやつついて見たる蟹の穴 藤を見に行きしきのふの疲れ哉 苗代やげんげの花の捨ててある いくたびも雪の深さを尋ねけり 秋もはや塩煎餅に渋茶哉 裸体画の鏡に映る朝の秋 栗飯や糸瓜の花の黄なるあり 糸瓜ぶらり夕顔だらり秋の風 秋の蝿追えばまたくる叩けば死ぬ 秋の蝿叩き殺せと命じけり 秋の蚊のよろよろときて人をさす 枝豆の月より先に老いにけり 枝豆のから捨てに出る月夜かな 枝豆や月は糸瓜の棚にあり 草木国土悉皆成仏二句 糸瓜さえ佛になるぞ遅るるな 成仏や夕顔の顔糸瓜の屁 鶏頭や糸瓜や庭は貧ならず 痰一斗糸瓜の水も間にあわず 糸瓜咲いて痰のつまりし仏かな